大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(特わ)218号 判決

本藉

東京都昭島市拝島町三三八八番地

住居

東京都昭島市昭和町三丁目一番一三号

歯科医師

木内不二男

昭和一四年一月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都昭島市昭和町二丁目三番二号において「木内歯科医院」(昭和五三年一二月三一日以前は同市昭和町五丁目一二番一三号)、同市松原町一丁目二番一号において「不二小児歯科クリニック」(昭和五四年一二月三一日以前は同市昭和町三丁目一番一三号において「不二歯科クリニック」)の名称でそれぞれ歯科医院を経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自由診療収入を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五二年分の実際総所得金額が五五一五万四五八二円(別紙(1)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五三年三月一五日、東京都立川市高松町二丁目二六番一二号所在の所轄立川税務署において、同税務署長に対し、同五二年分のみなし法人所得金額が七四六万七六五〇円、総所得金額が二三九六万六七〇〇円でこれらに対する所得税額が源泉徴収税額七四九万五〇二〇円を控除すると合計二七五万七三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第八一三号の1)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二〇二八万〇一〇〇円(別紙(3)税額計算書参照)と右申告税額との差額一七五二万二八〇〇円を免れ、

第二  昭和五三年分の実際総所得金額が九四四三万四四二五円(別紙(2)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一四日、前記立川税務署において、同税務署長に対し、同五三年分のみなし法人所得金額が四六六万九一三四円、総所得金額が三〇五九万六八八〇円でこれらに対する所得税額が源泉徴収税額一二五六万九一七三円を控除すると合計七七万五六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四二九一万八七〇〇円(別紙(3)税額計算書参照)と右申告税額との差額四二一四万三一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書六通

一  収税官吏の被告人に対する質問てん末書七通

一  被告人作成の申述書

一  証人細谷寛子の当公判廷における供述

一  細谷寛子(三通)、熊野徳子(二通)、鈴木芳江(第一項ないし第四項のみ)、久保田幸男(二通)、成田修勝(二通)、木内スミ子(七通)、本田益江及び尾崎静子の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の利子所得、配当所得、不動産所得、収入金額、たな卸高、仕入、租税公課、水道光熱費、通信費、広告宣伝費、接待交際費、修繕費、消耗品費、減価償却費、福利厚生費、給料、支払利息、地代家賃、事務消耗品費、新聞図書費、燃料費、権利金償却、雑費、専従者給与、事業専従者控除額、事業主報酬、みなし法人所得、措置法差額、給与所得及び雑所得に関する各調査書各一通

一  東京都歯科健康保険組合理事長代行作成の取引内容照会回答書

一  検察官作成の報告書

一  検察事務官作成の通信費に関する捜査報告書

一  立川税務署長作成の証明書

一  押収してある所得税確定申告書二袋(昭和五六年押第八一三号の1、2)、所得税青色申告決算書四袋(同号の3ないし6)、元帳二綴(同号の7、8)及び領収証一袋(同号の9)

(補足説明)

一  弁護人は、木内歯科医院(以下「木内歯科」という。)に関しては、所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」が存在しない旨主張する。しかしながら、被告人は、査察ないし捜査段階において、木内歯科に関しても、自由診療分については、保険診療収入分と異なりレジに打ち込ませず、別に日計表(メモ)に記入し、また、現金を保管するなどしていたが、これらを最終的に集計管理する妻に引き渡すまでの間に、右の日計表に記入する際わざと自由診療収入の記載を一部落したり、現金の一部を抜いたりするなどして、自由診療収入の一部を秘匿し、さらに、久保田技工所に依頼して技工科を簿外にするなどしたうえ、不二歯科クリニック(以下「不二歯科」という。)の分とを合わせて、いずれも虚偽の過少申告に及んでいた旨供述しており、この供述は他の関係者の供述等とも符合して十分に信用することができる。そして、こうした証拠によれば、木内歯科に関しても検察官主張のような不正行為によるほ脱の事実が認められる。被告人は、当公判廷において弁護人の右主張に添う弁解をしているが、この供述は右採用の証拠と対比して信用することができない。弁護人の主張は採用できない。

二  次に、検察官は、木内歯科における昭和五三年分の自由診療収入につき、その実際額を記録した帳簿等が存在しないため、すべてが自由診療である不二歯科における昭和五三年分の収入に対する技工料の割合(八・五パーセント)を算出し、木内歯科の自由診療分に対応する公表外の技工料を右割合で除して木内歯科の同年分の自由診療収入を算出している。これに対して弁護人は、木内歯科では「自由診療収入に対応する技工科」というもの自体が不明確で、その算出根拠も資料がなく、しかも、自由診療収入とこれに対する技工料の割合についても問題があり、木内歯科におけるそれは八・五パーセントをはるかに上まわるなどと推計方法の合理性を論難している。

たしかに、木内歯科の自由診療収入については、これを記載した帳簿類が存在していないので、間接的な資料から収入金額を推認して認定するほかはない。また、不二歯科が小児のみを対象とする自由診療だけであるのに対して、木内歯科が大人の保険診療を主とするものであって、この両者の差異も無視できないことは弁護人の指摘にもあるとおりである。しかし、前掲各証拠を検討すると、昭和五三年分の不二歯科における自由診療収入及び技工料の実際額は、いずれも同医院の診療収入ノートや久保田技工所の売上金額が記載されている出金伝票などにより判明し、この実際額を基にして同医院の自由診療収入に対する技工料の割合を算出すると八・五パーセントになる。また、他方、昭和五三年に木内歯科で支払った技工料のうち、簿外にした分はいずれも自由診療に関するものであるところ、この金額も前記出金伝票により明らかである。さらに、自由診療収入に対する技工料の割合が、木内歯科と不二歯科との間でほとんど変わりがないことは被告人みずから捜査段階で自認しているところである。加えて、被告人作成の上申書によれば、木内歯科の昭和五六年一月から同年六月までにおける保険及び自由診療収入合計に対する技工料の割合は、前記八・五パーセントより少ない七・二五パーセントになっていることが認められるのであって、これに自由診療の方が保険診療よりも技工料割合が低率であることを併せ考えると、木内歯科においても自由診療収入に対応する技工料の割合を八・五パーセントとしたことは相当であって、むしろ被告人に有利ともいえるのである。そして、以上の諸点に照らすと、昭和五三年の木内歯科における自由診療収入に関する検察官の算出方法についてはその合理性に疑いを容れる余地はない。しかも、右の自由診療収入から公表分を差し引いて算出された除外額は、被告人がこれとは別途に、査察段階でカルテ等を資料として記憶をたどって個別に算出し、これを集計した除外額に近似し、かつこれを下まわっているものであることが被告人作成の申述書によって認められる。被告人は当公判廷において右申述書の信用性を争う趣旨の供述をしているが、この供述は、それ自体不自然かつあいまいな点も見受けられて、たやすく信用することができない。

弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとしいずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人は、昭和三九年に日本大学歯学部卒業後、勤務医などを経て、都下昭島市内で翌四〇年八月に「木内歯科医院」を、さらに昭和四九年には小児歯科専門の「不二歯科クリニック」をそれぞれ開業し、昭和五五年六月に開業した「アイ歯科医院」と合わせて、これらの各歯科医院を太陽会グループと呼称して経営しているほか、右各医院で使用する薬品の販売及び技工材料の仕入・販売、不動産賃貸等をそれぞれ行う有限会社の代表者若しくは取締役となっているものである。ところで、本件は、被告人が右不二歯科クリニック及び木内歯科医院における自由診療収入を除外するなどしたうえ、二年度にわたり合計五九〇〇万円余りの所得税を免れたというものであるが、被告人は、前示のように関係会社を設立して所得を分散し、また青色申告制度を利用して、妻に高額の給与(五二年一二〇〇万、五三年一八〇〇万)を支払うなどして、十分にいわゆる節税の効果をあげながら、それにもあきたらず、脱税して本件に及んだもので、その動機には格別斟酌すべき点はなく、源泉徴収税額を考慮したほ脱率も七一パーセント強とかなり高い。また、犯行態様も、被告人は、不二歯科クリニックにおいて、歯科衛生士などに指示して、カルテの一部を裏にし、公表分のカルテに対応する自由診療収入だけを入出金帳に記入させ、あるいは、右両医院において、自由診療収入の除外が発覚しないよう、これに対応する技工料を簿外にするよう取引先の技工所に依頼するなどしていたもので、芳しくない。加えて、被告人は、捜査段階において、自らは脱税に関与していないと供述し、取調べを受けた被告人の妻や従業員に対しても被告人に不利なことは言わないよう強調するなどしていたものであるうえ、当公判廷でも責任回避の言辞を繰り返していて、果して心底から反省の情があるや疑わしいとすらいえないではない。しかも、被告人は、昭和五二年にも税務調査を受けながら、本件起訴年度以前から脱税を行なっていたものであって、納税に対する意識が極めて希薄であるといわざるを得ない。以上の諸事情によれば、被告人の刑責は軽視できないものがある。

しかしながら、被告人は、本件発覚後起訴対象外の昭和五一年分を含め修正申告をしたうえ、本税や重加算税を完納していること、本件脱税が新聞報道されたことにより、それなりの社会的制裁を受けたこと、本件後経理体制を整えるべく努力していること、被告人には、これまで前科前歴のないことなどの有利な事情が認められ、そのほか本件に顕われたすべての事情を考慮し、主文のとおり判決する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 久保眞人 裁判官 川口政明)

別紙(1)

修正損益計算書

木内不二男 No.1

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

No.2

自 昭和52年1月1日

至 昭和52年12月31日

〈省略〉

別紙(2)

修正損益計算書

木内不二男 No.1

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

修正損益計算書

No.2

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

別紙(3)

税額計算書

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例